悪魔の流儀

「陛下、今一度我が忠誠を試させて下さい。あなたが私を支配するに足るものか」
「構わないよ」
余裕有り気な笑みのまま蛍は肯定する。それを受けて、ラピス・ラズリは少しの間をおいた後喋りだした。
「第一次主従戦争中期、このトパーズは十八代目王の黄錫王様によって治められておりました。彼が王位に就いていた60余年の間にいた正血統の王族の方々の翼の名を全てお答え下さい」
「んー、まずは黄錫王のルーベル、その兄弟で一番上の兄で宰相だったトリシア、同じく姉のノービス、弟のエーデルノーブ、母親のグリーテシア、叔父のアロム。で、兄の子供で娘のメアメア、息子のメルセデス。……あとは…姉の息子のケトラはその時期に入ったかな?」
まったく間を置かずに繰り広げられた一連の流れに、ラピスと蛍以外は着いてこれなかった。柘榴は4人目で詰まって、アマリリスにいたっては聞いてもいない。
「合ってる?」
「…お見事です」
腕を上げましたね陛下、とラピスは微笑む。それに、まあね、と蛍は返した。
二人のやり取りを見ていたアマリリスは心底理解できない、という表情でお茶をすすっていた。部屋に入ってくるなり繰り広げられた会話は脈絡がなさ過ぎていっそすがすがしい。もう一人の外野である柘榴は特に気にするでもなく茶菓子をつまむ。慣れているというよりは疑問に思っていないようだ。
そんな外野の気も知らないで、蛍とラピスは会話を続けた。
「じゃ、次は俺の番だねラピス。第三次主従戦争中後期、天界には《四色》と呼ばれた大天使がいた。その四人と、彼らに能力・実力面で対を成すと云われた悪魔達を通り名とフルネームで」
「天使から《降る青泡》ラファエル・フラックス、《朱流》ウリエル・ゼラニウム、《玄染の墨》ミカエル・アマリリス、《星囁白雪》ガヴリエル・マダー。
悪魔は《ノワール》金紅伯ルチル=スカーレットナイト、《翠風》翠獄王翡翠・シャトルーズ=エメラルドロード、《辻斬姫》紅獄女王辰砂・バーガンディ=ルビーハーツ、《死神》日長公サンストーン=トワイラインズとその兄の《太母》月長公ムーンストーン=ミルキイス。以上です」
「正解。さすがラピス」
ふふふと笑う蛍にラピスは呆れたようだった。こんな問題は初歩の初歩だと言いたいらしい。
「いや、問題はそこじゃないだろ」
アマリリスのつっこみも空しく響く。異邦人であるアマリリスにとって、この世界の習慣はどんなに長く過ごしていても奇異だった。と、いうか意味がまるでわからない。
ラピス以外にも大抵の臣下たちは定期的に王に挑戦をしていた。騎士団長のアメジストは手合わせを乞うし広報局長のタングステンはわざわざチェス盤を持参してくる。番兵すらも時折城守の切っ先を王に向けるのだ。
そして挑戦が終われば元の仕事に戻る。今もラピスはなんでもないように祭務の報告書を読み上げているし、聞いている蛍も真面目そのもの。
「なんでこんなことをするのか不思議かな?」
アマリリスは素直にうなずいた。蛍が訊いてきたのは報告が終わったあとで、正直疑問が終始流されっぱなしになるのではと不安になっていたところだった。
「僕らとしては君達はどうしてよく知りもしない相手に命が預けられるのか、と思うよ」
君達というのはアマリリスの種族をさすのだろう。種族を持ち出すということは端的にいえば習性だから、と蛍は言うのだ。
「僕達悪魔族は力こそがすべてを決める、そう云う風に作られた。なんでもいいから、なにか飛びぬけて他人より優れたものを持つ者が他人の上に立つべきものであるという風にね。これだと神人間では被創造者は創造主を越えることが基本的に出来なくなるから、神としても扱い易いと思ったんだろうね。  まあ、結果はこの通りなんだけど。
 で土台に価値観が組み込まれているから今でもそれは変わらない。僕は王として、臣下たちの上に立つものとして彼らに劣っていては駄目なんだよ。全てではなくとも、なにか一つでも。これは黄獄に限らずどこの国でも組織でも、悪魔である限り変わらないことだよ」
「そんなもんなのか…」
詳しく説明されても結局アマリリスにはよくわからなかった。天使にとって上に立つものは翼無き神が唯一絶対の存在だ。神の前では全ての天使はその優劣に関わらず平等とされるため、天使の中でだれが上とか下とか考えることはない。
考えにふけるアマリリスに、報告が終わって柘榴と共に茶菓子をもらっているラピスが微笑んだ。
「基準のよりどころの違いですよアマリリスさん。あなた方天使の階級は、絶対頂点にいる神族より与えられるものでしょう。逆らいがたい者が与える律には逆らえない。
 でも私達は、その律は自分自身が持っていたいのです。他でもない、自分の感覚を信じていたいのですよ」
「それでよく世襲が成ったな…」
アマリリスは王族二人の前で臆面もなく素直な感想を言った。ラピスは苦笑したが、現王である蛍は大笑いしている。
「そりゃあそうだよね。こんな体質で、何度も外の血を入れてはいるけど、それでも僕らの血筋は今のところ途切れてはいない。よく考えれば素晴らしいことだ」
「お前、臣下が苦笑ってるぞ」
「ああ、ごめんラピス。でもこうも面と向かって言ってくれる人いなくてさ、可笑しくて…。
 あのねアマリリス。誇り高き紅獄、叡智深き黄獄って云われてるけどね、黄獄の悪魔にだって人並みの誇りはあるんだ。僕は黄獄を統べる者の一族として、この血を誇りに思ってる。父さんもお爺様も、ご先祖さまもきっとそう思って王になったと思うんだ」
「それが理由か?」
「うん。…まあ、憶測だけだし遺伝的要素もあるんだろうけどね。素敵な妄想かな」
「素敵か」
「素敵さ」
より神の人形であるように求められた天使には誇りというものは解らない。解らぬ言葉を使って説明されてもわかるはずはないが、それでも説明するのはアマリリスが神の思惑を外れたものだからだろうか。
子供のように微笑む蛍に、アマリリスはやれやれとしか言えなかった。