或明夜話 三 ●首折花

赤い夜空に雪が降る。
薄雲の間からはっきりとわかる空は、統べたるものを隠したままになお明るく鈍く輝いて見えた。

静かに続く雪の音を振り払うように、ぱきん、ぱきん、と乾いた音が部屋には響いていた。
部屋は暗い。宵の口ほどに送電線が切れ、街中が灯を失くす前からこの部屋は暗かった。ただ外を眺めるだけならば灯りは要らない。
ぱきん、と最後の一本が手折られたときドアをノックする音がした。こちらの返事を聞かずにドアが開かれる。
「艶花、いるか?」
「ああ」
艶花が持っていた薔薇の茎を床に捨ててドアを見ると、眉をひそめた柳川がこちらを見ていた。
「…何か?」
わざわざ部屋を訪ねてきて妙な顔をしている客人に冷めた視線で応えながら、艶花はドアのところまで向かう。部屋を覗き込む柳川は屋敷に来たときと同じコートとそろいの帽子。手袋まできっちりはめて、どう見ても部屋着ではない。
「泊めてもらってるとこ悪いが、用事ができた。少し出かけてくる」
「構わん。が、『ウチに』帰ってくるつもりか?」
「まあ、こっちが近いからな」
「そうか」
ならば勝手口は開けておこう、と言うや艶花は興味を失くしたように柳川を視界からはずした。床に散らばる無残な首なし死体の薔薇と折られた首の花を踏みつけながら窓辺へ戻っていった。
艶花の見えないところで柳川は複雑な表情で嘆息する。
「…ちゃんと片付けとけよ」
「客の君に言われることではない」

玄関の戸が閉まる音が遠くで聞こえて、今屋敷には自分独りであることを確認した。聞こえるのは雪の降る音ばかりで、もう花瓶には花がない。
出ていかなければ誘眠香でも焚こうかと思っていたが、自分から出て行ってくれるのならば好都合だった。巻き込むことに罪悪はないが、手出しされるのは少々煩い。
「さて、」
招かれざる客といえど…いや、だからこそか準備がいる。何かを始める前には、それまでやっていたことの後片付けも必要となる。
決して彼に指摘されたからではなく。
まずは薔薇を生けていた花瓶をさげようか、そう思った艶花が花瓶を覗くと底のほうに丈の短い花が一本残っていた。
掌に収まる程度の長さの茎、小さいながらも精一杯咲いているような真紅の薔薇の花の根を押さえ、

ぱきん、

絨毯の上にまた一つ折り重なる花に見向きもせずに、艶花は花瓶を片付けに部屋を出た。