或明夜話 四 ●繋山和哉の受難

こんな状況でつくづく実感することといえば、この学校は見かけによらず頑丈な造りだということだ。こんな大荒れの天候でも、窓一つ揺れやしない。旧校舎をそのまま使ってる西棟は例外としても、南棟と東棟は流石私立校というべきか。

まあ、だからといって別に閉じ込められてもいいことはない。むしろセキュリティがばっちりすぎて、こういう時はそれが完全に仇になっている。
何が言いたいかと、電子キーは椅子で殴って開くものではないしまして強化ガラスは叩いて壊せるものじゃない、ということだが、
聞いてるのか光瑠。
「キ〜、もうムカツクっ! なにこの扉!」
柔らかめな外見からはかけ離れて、光瑠は少々乱暴な気質だった。口と同時に手が出るという。
俺はというととばっちりが恐くて少し離れているわけだが…、正直この状況で何をすればいいのか図りかねていた。光瑠の方法も一つの手だが、やたら体力を消耗するので最良とはいえない。
ここは聖夜学園中央棟、正面玄関がある建物で先に述べたとおり校舎内では最も新しい場所だった。セキュリティシステムは最上、うっかり授業終了から5時間も居残ってしまった学生が障害ナシで出られるほど易くはない。加えてこの大雪による停電だ。
玄関前の非常灯は煌々と緑色に輝いている。ガラス張りの玄関は外の明かりを受け入れて、まだ明るいほうだった。光の入ってこない廊下は、遠くからこつこつと足音が聞こえてきて空恐ろしい。
「和哉〜、光瑠〜」
断っておくがこれは決して怪奇現象ではない。和哉は俺の名前だ。
頼りないキーライトと共に、廊下の暗がりから浮かび上がるのはブラウンがかった金髪。目はしっかりと日本人の色をした俺たちの親友で今日の居残り仲間のツミレは、壁伝いに玄関ホールに戻ってきた。
「どうだった?」
「西棟は完全に鍵掛けられてた。あっこなら壊せないこともないけど」
「そうか…」
光瑠の打ち鳴らす打撃音をBGMに俺たちは見回った結果を報告しあった。
「そっちは?」
「東は知らんが南は開いてた。つか俺たちが居残ってたところだしな。職員室と研究室は誰もいなかったよ。今日宿直って言ってた日向先生もいなかった」
「そうそう第二保健室の電気ついてたから学校の中にいるんだろうけど、見なかった。見回りかな?」
振り回していた椅子を置いて、それに座った光瑠が発言した。ドア叩きはあきらめたようだ。
「見回りにしたって…ボクらは玄関から東西二手の分かれて回ってきたんだよ? 足音とか話し声が響いて、気づかないはず無いんだけど…」
報告が終わると自然に場には沈黙が落ちた。状況が普通とは言えない上、現状で学校を出る手立てがない。何より外に出られたところでこの吹雪の中帰ることができるかどうか。
ツミレは考え込むときの癖で頭を掻いてるし、光瑠は眉をひそめつつもたぶん状況をよく解っていないようだった。このままここで止まっていても仕方がないので、ひとまず今持っている情報を整理する必要があるだろう。
「…なあ、もう一回校舎を見回してみないか? もしかしたら見落としてることもあるかもしれないし。ここにいてもしゃあないだろ」
ひとまずは事態を停滞させないこと。おとなしく待つのも手の内だが、なんとなく今は動いたほうがいい気がした。
少し考えてからツミレはいつものにやけ顔になっていた。光瑠も強気な眉が戻る。
「う〜ん、そうだな…。ラチがあかないのは本当だからね。校内も、いつ暖房の余熱が無くなるとも限らないし」
「つんちゃん、オレらどのくらいまでここにいることを想定してるわけ?」
「最悪今日含めて丸3日くらいかな。土日月は祝日で閉鎖だし、もう冬休みだから火曜からも人来るか微妙。てか停電が直らないと緩やかに冷めるしねえ、学校」
さらりと流れ出たが、ツミレの言うことは確かに気になるところだ。停電がどうにかならないと火曜といわず今夜中に凍死するかもしれない。
「結構余裕がないってことか」
「そうなるね。停電の原因もわからないし」
再び頭を抱えるツミレの腕を光瑠はぐいと引っ張った。頭脳労働が苦手な光瑠には考えるよりまず行動なんだろうな。
「ねえねえ、とにかく今はどこか行ってみようよ。一番近い宿直室か第二保健室か…ヒマワリ先生居るかも」
「んー、じゃあとりあえず行きますか」
「ああ」

ということで俺達は第二保健室に行くことにした。保健室につくころには、赤い夜空はそのままに外の雪はひっそりと止んでいた。