或明夜話 四 ●出泉ツミレの邂逅

先ほどまで続いていた吹雪はとうに止んだらしく、廊下は普段からは想像もつかないほどに静まり返っている。通路はときおり窓のない場所もあるから、確かめようはないのだけど。
こんなときに思うことといえば、何故自分はこのことを想定できなかったのかということ。
行く先を照らす光はダイオードの粗末なもので頼りない以前の問題。そしてそんな光に頼らざるを得ないのが、何よりも歯がゆいところだ。緊急事態だけど流石に火を使うのは気が引けるし…。

「…つんちゃん!」
「はいっ、なに?」
後ろでいきなり声を張り上げた光瑠に思考が一時中断される。光瑠のことだから呼ぶことに意味はないのだろうけど、それでも返事をするまでは呼ばれることだろう。
そこまで考えてから、僕が自分の思考に没頭していることに気がついて。
「ごめんね、急に黙りこくっちゃって」
ううんなんともないよ、と光瑠は返してくれたけど、確かに僕一人が黙ったところでなにがあるわけでもないだろう。止まれないのは口以上に、足。
「にしても、ウチの学校って広いよね」
「そうだな」
背中で実るでもないやり取りを繰り返しながら、僕らは宿直の日向先生が管理を勤める第二保健室へと向かった。宿直室よりは先生が居る可能性が高そうという憶測のもとで。

可能性はあくまでも可能性であり、憶測は憶測でしかないようで保健室に日向先生の姿はなかった。がらんとした保健室内は和哉と光瑠の証言通りドアの鍵が開いており、消毒液とコーヒーの匂いが入り混じっているくらいしか特徴のない空間になっている。コートが椅子にかかっていることから、まだ学校から出てはいないことはわかった。
やっぱりね。
声には出さなかったけど、そう思った。光瑠はがっかりしているみたいだけど、和哉は予想してたんじゃないかな。
「前に和哉達が見に来たときからだいぶ経つからね…入れ違い、かな? 嫌な偶然だけど」
無きにしも非ずなことが口をついて出た。見回り中に停電になったから一旦保健室に戻ってきて、僕らのような生徒が残っていないかまた見回りにでる。暖房が望めないのにコートを持っていかないのがひっかかるけど、自分がいることの証明には…。
「それなら保健室で待ってるだろ。日向先生だったら」
それもそうだ。
「とりあえずヒマワリ先生が学校にまだ居る、でいい?」
「それは確定だな」
戸棚をあさりながら、和哉が光瑠の疑問に答える。それには僕も異論はない。あった、と和哉は引き戸から懐中電灯を発見した。
僕は机のメモ用紙を一枚ちぎってペンを走らせた。自分達が学校内にいることと、懐中電灯を借りたこと。あとは…。
「あ。そうか、」
言いかけたそのとき。

廊下の奥から一人分の足音が近づいてきた。
しっかりとした足取りで遅すぎも早すぎもしない足音は、この状況下ではこの上ないほど不気味なものだった。
「…幽霊、とか?でも幽霊って足ないよね」
「和製はな。西洋のは足があって、足音もする」
和製幽霊でも縁側鳴らしてくるヤツいるけどね…、じゃなくて、近づいてくるのはいったい誰だろう?先生や僕らと同じ居残り生徒だったら呼びかけながら来てもいいはずなのに、一言も発してこないなんて。
漫才をやりながら、和哉は懐中電灯の電源を入れて、灯りをふさいだ。光瑠を連れて保健室の少し奥へ。僕はその辺にあった傘を携えて遣り戸の横にしゃがみ込んだ。
規則正しい足音は規則正しく近づいてきて、そして。
拍子抜けするほどに軽く、戸が開くのと同時に和哉は懐中電灯を振りかざし訪問者の顔を照らした。薄闇に照らされた訪問者は僕に劣らず国籍を問いたくなるような髪色と、更に鮮やかな緑の目をした人物だった。色合いの割りに印象の希薄な顔立ちではあったが、少なくとも常勤や授業を持っている職員じゃないことは断言できる。
突然浴びせられた光に訪問者は目を細めたが、数瞬ののち開け放たれた保健室を見渡してばつの悪そうに一言。
「…マモル、居ませんか?」
あんた誰。