或明夜話 四 ●歩森光瑠の直感

「あんた、誰?」
和哉の懐中電灯に映し出されたのは、なんて言ったらいいか、とにかく言い表しにくい不思議な男の人だった。
影の具合なのか淡く色が着いているように見える銀髪というか白髪というかに、鮮やかな緑色の目、楓糖色で揃えてあるジャケットと手袋、スーツパンツの裾までジャケットと同じようなデザインだからもしかしたらスーツとも揃いなのかもしれない。まるでこのスタイルの彼を長年見てきたと錯覚してしまうほど隙の無い格好に、黒い通学鞄だけが妙に浮いてる。


いきなり現れた男は、いきなり投げかけられたつんちゃんの質問に戸惑いながら、おずおずと口を開いた。
「えー、と。僕はコトガミ、言葉を守ると書いて『言守』、木へんに鬼と書いてエンジュ…言守槐と申します」
間違ってはいないのだけど、予想外に丁寧な返答にボクらは沈黙した。その空気に男は何を察したのか慌てて付け足す。
「あ、僕マモル…あー、日向葵のトモダチです。ほんとですよ」
あやしい。
わざわざ本当だと念を押すあたりに胡散臭さがにじみ出ているけど、友達であるということを証明できるヒマワリ先生は今ここにいない。
「…日向先生の友人だと云うあなたが、何故こんなところにいるんですか?」
傘を握り締めたまま、つんちゃんがまた問う。確かに、いくら友達でも夜中の学校にまで来る理由にはならないもんね。
「えっとですね、今日マモルと会う用事があったんです。で、下校時刻を過ぎたら会う時間が作れるから来てくれと言われていて…外で待ってたんですけど約束の時間になっても来なかったので、寒かったし入ってきちゃいました」
「…その割りに、服に雪が着いていないどころか濡れてすらいないのは、何故?」
「ああ、今日って終業式なんでしょう? 下校時刻過ぎまで待ってたって言っても、僕が校内に入ってから多少は経ってますから。ここ結構暖かいし」
言守さんはだんだん早口や詰まりなく話せるようになっていた。言ってることは間違ってない気がするけど、ボクにはどうも判断がつかない。
「信じられそうか? ツミレ」
和哉が言守さんを見た(というよりは軽く睨んだ)まま、つんちゃんに尋ねた。ボクが思案しているつんちゃんを見ていると、つんちゃんは握り締めた傘を下ろし、答える。
「まだ怪しい事に変わりはないけど、今は。騙るなら、教員って言ったほうが早いからね。生徒だって全部の教員を把握してるわけじゃないし、わざわざ友人を騙るのに日向先生を使ってるあたり、とっさに出た言とは思いにくい。先生の名前読みにくいし」
ほんと、ヒマワリ先生の名前は読みにくいものね…。正確に『ヒマワリ』でもないし、『ヒュウガ』でもない。先生がよく「ヒュウガアオイじゃない!」って叫んでるの聞くもの。
「えと、君達は、マモルの生徒さん?」
「保健医の生徒って問いかけもおかしいと思うが…」
ボクらの会話で自分にかかった疑いが保留になったと分かったからか、今度は言守さんが尋ねてきた。和哉がいつもの調子で返してるけど、
「でも和哉、ヒマワリ先生は情報科も受け持ってるからそっちではボクら生徒なんじゃない?」
「そーいう日向先生の立場が悪くなりそうなことは言わないほうがいいよ、光瑠」
「あ、そのへんのことはマモルから聞いてるから、僕なら大丈夫だよ」
つい内輪に走ってしまった会話に、言守さんは入ってきた。やっぱり友達っていうのは本当なのかな?
ボクらのやりとりを見てつんちゃんは小さくため息を吐くと、戸の横からボクらの方へ歩いてきた。ボクと和哉も自然に保健室の奥から出てきて、3人が大体同じ場所に集まる。戸を開けた時のままの位置に立っている言守さんと向き合う形になった。
「結局ここにはマモルはいないのかな?」
きょろきょろと辺りを見回す言守さんに、つんちゃんははい、と短く答えた。
「どこに行ったら会えるかー…は、わからないよね」
「判らないからここに来たんだよね、ボクら」
「学校内としか」
ボクと和哉が口々に応えると、言守さんはがっくりと肩を落とした。
「…せっかくここまで来たけど、出直すしかないのかー…」
「あ、それもちょっと無理です」
間髪いれずに言われた否定に言守さんは疑問符を浮かべる。つんちゃんが現在学校内は停電になっていること、それのせいで電子ロックが機能しなくなり外に出られない事を話した。言守さんは一旦驚いて、すぐに何かに納得したみたいに頷いた。
「だからここの廊下が異様に暗かったんだね」
…気づいてなかったの? と、それは置いておいて、言守さんは今自分が置かれている状況を理解すると、話の流れがさっきまでボクらが話していたことと同じようなものになった。
つまり、どうやって学校から出るか。
「僕たちとしては、まず日向先生に会うことが第一だと考えてます。電子ロックのない西棟は中央棟との扉に鍵がかけられていたんですけど、宿直の日向先生なら鍵が開けられるでしょうから」
「なるほど…」
言守さんは少し俯いて考えてから、顔を上げた。
「僕もご一緒させてもらっていいかな? マモルを探すの。僕も外に出たいし、元々ここに来た理由がマモルに会うためだしね」
「え、まあ…構いませんけど」
「…大丈夫なのか?」
和哉が小声で何かを心配してるみたいだけど、言守さんはそんなに悪い人じゃなさそうだとボクは思った。探す人手が増えるのはいいことだしね。
「じゃあ、みんなでヒマワリ先生探して帰りましょう!よろしくお願いします、言守さん。
…あ、ボクの名前は歩森光瑠。金髪のがつんちゃん…出泉ツミレで、こっちのが繋山和哉っていいます」
よろしく、とボクがお辞儀をしたら、つんちゃんが苦笑して和哉はあきれたみたいだった。言守さんはボクらの名前を何度か反芻して、「こちらこそよろしくヒカルくん」と軽く礼をした。