或明夜話 五 ●廻る天の目地上の目
見慣れた空は、いつも青かった。
ペンキで塗りこめたように真っ青で、薄くかすれた雲のあいだに、細く続く煙が幾筋。
まるで作り物のような光景が、彼の最も古い記憶だった。
いつもいつも、その空が喩えでもなんでもなく作り物なのだと心から思っていた。
本物はこっち。誰がなんと言おうとも、僕にとってはこれが本当の空なのだ。
今、仰いでいる空に向かって少年は心から思った。
赤く薄暗く輝いて、雲があるのに空に星がないことが知れる。渦巻くようなグラデーションで街を見下ろすこの夜空に。
幽かに空気の流れが変わった。
「暦さま。そろそろ参りましょう」
「うん。わかった円」
真上に向けていた視線を戻し、暦は一つとなりのビルの屋上にいる円の元へ跳んだ。
ビルとビルの間を滞空していた数瞬に、裏路地から黒猫がこちらに首を向けるのが見えた。