オセロ

1.

「入るぞ」
「どうぞ」
許可の声が聞こえるまえに、ガヴリエルは部屋のなかに入っていた。
月明かりを採る窓しかない黒暗の立方。天に地に、周りを囲う世界との境界に幾何学的な紋様が廻る部屋の中央のちょうど四畳半ほどを仕切る御簾のなかに二人分の影がある。床に頬杖をついて向かい合う二人の間には緑のフェルトで覆われたオセロ盤があった。
「お前ら、オセロやってんのか」
「まあね」
実に楽しそうに姫彦が応える。黒の領域が少しだけ増えた。
向き合う香具代はガヴリエルに一瞥もくれることなく駒を置く。白の兵士が黒に牙をむいた。香具代は姫彦とは逆に、白い貌にたった一つの表情も浮かべてはいない。言うなれば『無表情』。
楽しそうな者と無感動な者、ここまで表情が違うのに二人はまるで鏡のように同じ顔をしていた。顔のパーツもバランスも一分の狂いもなく『同じ』。着ている一単物と白衣を入れ替えれば、きっとどちらだかわからなくなるだろう。
それでも見分けがつくのは―――髪の色やら長さやらもだが―――姫彦の恒常的な笑顔に対して、香具代が笑っているところを一度も見たことがないからだろう。
「終わった」
ぽつりと姫彦は呟く。手持ちの駒はすべてなくなり、緑色の板は今は白と黒の二色に塗り分けられていた。
「引き分け、だね」
「ええ、引き分けです」
姫彦よりも幾分か低い声。ガヴリエルが部屋に入ってきてから、初めて香具代が発した言葉だ。「これで百四十二戦百四十二引き分けですね」
「ひゃっっ……!!」
「まだやります?」
「もちろん」
唖然とするガヴリエルを放って、二人はそれぞれに駒を集めて再び勝負を開始する。
ため息をひとつ吐いてガヴリエルは部屋を後にした。

「出てっちゃったね、ガブ」
「………」
「ずっと引き分けなのが、そんなに変なことかな?」
「………」
「これからもずっと引き分けなのにね」
「………」
香具代の手がぴたと止まる。三十二対三十二の戦陣、百四十三度目の結果も引き分けとなる。
「わかりっこありませんよ姫彦。彼らには一生、永遠に」
白と黒。二つの要素が作り出すたった一つの結果。これは二人とは真逆の事象であった。香具代と姫彦は一つから成る二つ、ゆえに二人が対戦すれば結果は一つにしかならない。
「つづけます?」
「うん、もう一回」