オセロ

2.

「ぃよう、《212秒後の聖者》サマ。どこへいくんだ?」
「それよかアンタはどこに居るんだ」
唐突に落ちてきた声に上を見上げて、ガヴリエルは嘆息するように呟いた。
廊下の梁に腰をかけ柱の彫刻に身をあずけて、一六八は廊下を見下ろしているようだった。協会員の制服に身を包んでいながら彼は聖人さながらに変なやつだ。
「なんとかと煙は…って、よく言われないか?」
「ああ、しょっちゅうだ」
一六八はなにが楽しいのかカラカラ笑いながら応える。
「落し物を。拾ったからなんとなく届けようと思って」
「ヒマだな聖者サマ」
「アンタほどじゃないさ」
少なくとも梁に登ってるような人間よりは。
「ふうん、拾ったのはオセロの駒か。いいねえ、白と黒は。あの兄弟みたいに、そっくりなのに全然違う」
「そうか?俺にはあの二人はそのままそっくりに見えるが」
先ほど訪ねた香具代と姫彦は、話し方や態度は違えどやっていることは同じだった。本質的に同じといえそうに。それともそう見えるのはガヴリエルだけなのだろうか。他の人間にはあの二人が決定的に違うように見えているのかもしれない。
「真理も真実もまゆつばなのさ。どれにも人それぞれの捉え方があって、それぞれに真実と真理がある」
いつの間にやら地上に降りてきた一六八は役者のような調子で話し始めた。白い花のレリーフの刻まれた大きな指輪の指先には、これもまたいつの間にやらガヴリエルが拾ったオセロの駒がある。
ぎょっとしているガヴリエルに、一六八は口上を続けた。
「だがそれらが指し示すものはたったひとつきりなんだよなあ、これが。なあ、聖者サマ。結果が同じものが同じモノとみなされる。だが過程が同じものは『同じ』とはみなされない。何故だ?」
「それは出来上がったものが違ったからだ。結果が違えばそれは違うものだろう」
「その通り。じゃあ、結果がそれぞれ違うモノなのに同じとみなされる。これは何故なんだろうな?」
「………?」
投げかけられた質問に言葉を詰まらせる。質問者は廊下の薄闇にまぎれながら、淡くて深い闇色の目を向けてこちらを見つめていた。まっすぐに、先までのへらへらとしていた雰囲気は微塵もない。
しばしの沈黙のあと、一六八はいきなり吹き出して笑い出した。廊下中に響きそうなほどの大きな声だが、この建物に関しては苦情を言う者もいない。
「おいおいそんなんじゃすぐに老化しちまうぞ。あんまマジに考えないほうがいいこともあるんだ。真面目すぎるのは寿命縮めるぜ、聖者サマ?」
してやったりという顔をして笑う一六八は、笑いながらオセロの駒をガヴリエルに返した。してやられてしまったガヴリエルは憮然として駒を受け取る。
そういえば中庭で《時の聖者》サマ方がオセロをやってたな、という大変有益な情報を提供したのち、一六八はガヴリエルとは反対の方向に歩き去っていった。
なんだか釈然としないガヴリエルは一六八の背中を呼び止めて問う。

「そういえば、これ」
「なんだ?」
「白と黒。好きなのか?」
ああ、と一六八は笑った。目だけがあの闇色を湛えて。
「どっちも一番嫌いな色だ」