オセロ

3.

中庭の一角にある《時の聖者》の庭ではなんとも奇妙な光景が広がっていた。
背中合わせに輪になって座る四人の子供達と、大輪の蓮が咲き誇る池の上で組み手を繰り広げる二人。どちらも真剣そのものだったが見ているぶんにはただただ妙の一言に尽きた。
池のほとりにある四阿まで行って、ガヴリエルはそこにいる人物に尋ねる。子供達の横で、池を傍観する彼が最もまともに答えてくれそうな気がした。
「ええと…、メイフウだったな。なにをやっているんだ?」
「どっちがですか?」
即座に返された質問に数瞬言葉が詰まる。
「全部、説明してくれ」
「わかりまし。」
涼しげな顔を崩すことなくメイフウは承諾した。四阿の中を指差し、説明を始める。
「まずは彼らは《四基の聖者》エレメンツ。老師が蓮を見に誘ったので、蓮見をしながらオセロをしています。
 池にいるのは老師とリジンです。今日は組み手をしていただく予定だったので、緊張感を出すために池の上で。正確には池に打たれている杭の上ですね。
 で、あとは―――――」
四阿の中を指していた指を池のほうへ向け、さらにゆっくりと自分の足下に向けた。ガヴリエルとメイフウの間の、少し横。
「組み手の順番を決めるオセロで全敗したウーロンです」
「うわっ!? 居たのか!」
足下にいた男の存在を確認して思わずガヴリエルは後ずさる。体育座りでうつむいているウーロンは異様な空気を負っており、一目見てその無念ぶりが伝わってくるほどだった。もしかしたらこの雰囲気にあえて気がつかないようにしていただけなのかも知れない。
「彼ね、この手の遊戯類に壊滅的に弱いんですよ」
止めの一撃のような言を平然とメイフウは口走ったがウーロンには聞こえなかったようである。
オセロで組み手の順を決めたということはそのオセロは正常に機能していたということで、つまり駒を欠いてはいなかったことになる。四阿にいるエレメンツも特にゲームが滞っている様子はなく…。
「ちなみにあいつらはオセロをやってんだよな?」
「無論です」
太陽は東から昇りますと云う様な調子でメイフウは言う。
確かに見ているとエレメンツは四人で一つの板を順に回して、白黒の駒を交互に指していた。四人が背中合わせに円を作って座った状態で。
「チーム戦だそうです。背中合わせの二人がチームになっていると」
「なんでチームなのに意思疎通のしにくい陣形になってんだ」
「『そのほうが面白いから』だそうで
打ち合わせをしないと相方の一手の意図がわからなくなるので考慮の幅が広がるから、ということらしい。そのままでも十分奥深いゲームなのに、わざわざ複雑にするあたり相変わらず聖人連中の思考はよくわからない。
ガヴリエルが理解に苦しんでいると、背後の池から盛大な水音と水柱が沸き起こった。驚いて振り向いたガヴリエルが見たのは、池の中で手をついて座り込むリジンと杭の上に悠然と立つ《時の聖者》ルファ。
「決着がついたようですね」
一勝負を終えたルファとリジンは、ガヴリエルの存在に気づいて四阿に来た。
「お邪魔しておりますルファ様。少々お尋ねしたいことがありまして、参りました」
「ようこそ我が庭へ、ガヴリエル殿。―――あまり堅苦しい言はいらんよ。そなたも儂も等級は同じ聖者なのだからの」
微笑むルファはエレメンツと変わらない十代の前から半ばほどの容姿だったが、その瞳には深い歳月の光があった。彼はガヴリエルが連なる協会聖者でも1,2を争う長命の聖者だ。奇跡の等級が同じでも、敬意を払いたい相手だった。
「して、尋ねたいこととは?」
リジンとメイフウに一時休憩を言い渡し、ルファは聞き返してきた。ここで行われているオセロに滞りがないとわかった時点で尋ねる必要は無いのだが、ガヴリエルは一応事の経移を話した。
「ふむ…、駒がの…。ここのオセロのものではないようじゃな」
相変わらず背中合わせでオセロをやってるエレメンツと、ウーロンの隣に置いてあるオセロ盤に目を向けてルファは言う。「ついでに言うと、このオセロ盤は一六八から貰ったものじゃ」
「あの野郎…!」
ガヴリエルはここに来る途中ですれ違った男の顔を思い出した。彼が持ってきたものならば、ここでオセロが行われていることを知っているのも無理はない。
「その一六八殿は、ディヴァリーズ兄弟から貰ったと言っておりました」
「シトラスたちから?」
濡れた髪を拭きながら、リジン。「他の者にも配っていたと聞いております」
「…そうだったかの?」
「ええ。師は一六八殿にからかわれていて聞いていなかったかもしれませんが」
一六八は協会ではルファ就きの司祭になっているが、二人はやたらに仲が悪い。と、いうよりも一六八が一方的にルファをからかって遊んでいると言ったほうがいい。
ともかく、配布元であるディヴァリーズ兄弟に聞けば駒のことは判るだろう。それだけでも十分な収穫だ。
「では、お騒がせして申し訳ありません。私はこれで」
「うむ、はやく駒の持ち主がみつかるとよいの。次は是非ゆっくり花でも見ていってくれ」
手を振る《時の聖者》とその弟子達に一礼して、ガヴリエルは中庭を後にした。